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昭和43年07月31日 夜の御理解



 普通の人たちの信心というか、仏様とか神様に対する念と、思いというものは、ただこの敬神の念というかね、うちにお祭りしてあるおだいじんぐうさまとか、荒神様なんかがきれいにお掃除をしてあって花なんかが換えられて、そして朝晩こう柏手を打って拝まれたり、またはほとんど仏教が多いですから、まあ、ご仏壇がきれいにお掃除がしてあってきれいに花がいつもお供えがしてあって。
 毎晩家族の方たちが仏さまの前に座って、香をたむけられるとか、ね、ま、かねを打ったりもんぴを打ったりしてま、礼拝をなさる、と言うとあちらのうちはなかなか信心深いと。あちらのうちはもうみんな信心深いというふうにこう一般に申します。ですからそのことがほんとにそのまあ、いわば一つの麗しい家庭の風習ともなってね、それが代々今日まで、ほとんどそういうような家庭が多いのです。ね。
 そいでその御先祖を大事にしにゃいかん、というては、ま、年忌年忌にはお坊さんを呼んでお経のひとつでもあげてもらう。親戚縁者が集まって、ま、礼拝をする。ね、神様のいわゆる敬神の念、ね、神様をお粗末にしてはならないというような考え。それであちらは信心が手厚いというふうに申しますけれど、お道でいう信心というのはそうではない。ね、いわゆる信心である。信心、いよいよ神様を信ずる心と、ね。
 信ずる心がいよいよ強うなり深うなってそこから神様と交流する道を追求していこうというのである。ね、それにはやはり精進、いわゆる修行であり、または真心、真心を追求していくと。いわゆる限りなく美しゅうならせて頂こうと言うために、美しゅうなるためにまずひとつ自分自身を本気で見極めて、自分のいけないところをあらたまっていこう。そして本気で事あるごとにその言葉を通して自分が磨いていこう。
 そこから、今日久留米の佐田さんの奥さんが朝頂いておられますように、いよいよ法蔵にいって、お徳を受けていこうと。法蔵というのは法の蔵というわけですね。いわゆる真理というかね、本当のことということなんです。ね、いよいよ本当のことの教えを受けて、その教えを身に付けて、しかもその教えが私の生活全体を変えてしまう。そういう生き方にならせて頂こうと言うところに信心があるのです。
 で、そこには信ずる心から段々しんじん、いわゆる真心、いわゆるしんじん、いわゆる神心、自分の心が段々神心に向かって進んでいくというのをお道の信心というのである。ただ神様を大事にしておるというそれ敬神の念とか、ご先祖を大事にするとかといったようなところ、ものではなくて、ね、そこん所をいよいよもっともっと深いものにして私どもの生き方の上に物の見方、考え方、またはそれの受け方、ね。
 いわゆるそこに新たな人生観というものが生まれてくる。ね、今まで例えば腹の立つ問題だと思うておったり困ったことだと思っておったことがです、ね。そこに新たな人生観というものが生まれてくるというか、本当のことが分かってくると今まで腹が立っておったというような問題でも心から感謝の心を持ってしなければならない事柄が分かる。本当なことが分かってくるに従って、ね。
 いままで困ったと思うておったことがです、困ったことの段じゃない、それは有難いことであることが分かってくる。ですからこの世の中に腹の立つ問題もなからなければ、困ったということもなくなっていこう、いやそれがなくなっていくことの喜びを楽しみをね、いよいよ体験していこうというのがお道の信心なのである。そしてそれがあの世、この世を通してのものに段々なっていくと。
 昨夜は私の方の、私の、私どもは兄弟三人でございますが、弟が一人妹が一人、その中に弟が戦死して欠けております、丁度終戦の年の七月の三十日に戦死いたしとります。もう十五日間生きとれば、ほんとにあの終戦になって無事に凱旋が、凱旋て言うか無事に帰ることができたのに、両親の待っておる故郷に帰ることができた、兄弟たちとも会えた。ね、もうただそれでけを祈り願ってまたきたのにたった十五日間。
 神様なんとか出来なかっただろうかと言う様な、まその時には不運な中に戦死であったけれども、ね、それが信心頂いておったおかげで、そういう目の前が真っ黒に成る様な苦しかった、悲しい事であった事ですらが、ね、有難いものに成って来たそこに私は御霊の助かりがある。あの時には本当に一家中がもう本当に悲しみの底にもう打ち沈んだ。けれどもあの事を境に家族中のものがこの様な信心に一段と改まって、ね。
  あの事を境にこの様におかげを受けていきたという所にいわば御霊としても私が早死にをしたけれども、ね、早死にという事は親不幸でもあったけれども、その親不幸が親不幸じゃなかったとま言う様な事になる。そこに御霊の浮かばれというか御霊の助かりを私は感ずるのです。そこに本当のものの見方考え方というものが、本当の事がなされていくというか本当の事が、に変わってくるという所にお道の信心がある。 
 此方の行は火や水の行ではない、家業の行と仰る家業の中に信心修行があり、そこからいわば人生観、いわゆるものの人生に対する考え方ていうのが根本的に変わって来る。そして今朝あたりの御理解を頂いておりますと、もう愈々それを痛感せぬわけには参りません。でその様に昨日の霊祭というわけではない、ただ立ち日で御座いましたから、ね、もうま生前御霊が好きであったものでも作らせて貰ったり、お供えをさせて頂いたりしてから、ちょっと御挨拶を申し上げた。
 ちょうど夜の御祈念に合わせてでした。ちょうど参り合わせておられたのが佐田さんたちであった。そして昨日それを心の中に、まいうならば矢も盾もたまらん思いで、何十年前にご自分が小さい時にお母さんと、が亡くなっておられる。そのお母さんの、はぁ八月一日は母の立ち日であった。一日はこちらがお月次祭でなんとか忙しいから一日繰り上げて、おとり越しをしてせめてこの御霊様に挨拶でもして貰いたい。
 また自分の思いを何とか表わしたい、やむにやまれんと言う心情とでも申しましょうかね、真心の情、今まで仏様をお粗末にしてきたことはないのだけれども、ここにそれが分かったらそれを感じたら、それをもうそこにすぐに、ね、思いを形に何とはなしに表わさなければおられなかったというところに佐田さんの信心がありますね。いわゆる内容がそのようなふうに変わっておいでられたんだと私は思うんです。
 今朝、今日私、あのそのことをほんとに有難いと思うて神様に御礼を申させて頂きましたらね、あの御霊前に、なんちゅうですか、ま、いうならば仏さんの前にお花がお供えしてある。その花がもう根が腐って匂いがする様な花が入れてあるんですよね。いわゆる花の水が替えてない。それをきれいに取り換えてですね、あの、ここ辺りでは私どもはちんだい花といった。
 あれはあの百日こうともいうでしょうかね、素朴な花、私の、ま今頃の季節の花では一番好きな花なんです。素朴な花ですけども、その花がね、もう生き生きとして霊前に供えられておるところを頂きました。これはもうそのままね、あの佐田ぐへえ?さんの、なんていうかね、あの素朴な素直な、もう夕べそう感じたら今日それを表されなければおられないといったような、あのいわゆる直行型とでも申しましょうかね。
 素朴な、いわば心の花と仰るが、真心の花ていうかね、そういうものを霊前に手向けられたことを教えて下さったもんだと思うて私は一段今日の御霊様に対してもそのことをお礼申させて頂いたんですけれども。このようにです、佐田の家がこれから変わっていくんですよ。一事が万事に、ね、というてそのことも御霊様へ報告申し上げたわけですけれどもね。ほんとにあのそういうようなあり方に全てのことがです。
 様々な人間関係の上においてもです、家族の上においては尚更な事、商売人ですからお得意さんの上においても、先生達の上においてもそう言う様な心の花がですね、通うてくる様になる。そこから私、ま、なんと申しましょうか、人の輪と申しましょうか、又は繁盛の基礎といでも言う様なものが出来てくるんだと言うふうに思うのです。夕べも申しましたように、ね、思うとりますと言うだけではね、通わない。
 その思いがね、そこに形に表されるときにです、私は真心というものは通うものだと思います。私どもの生き方がその根であるところの心、ね、心次第で幸福になっていけますように。私どもの家の根はなんというても先祖です。ね、先祖の根が腐っていきゃ、上の方も必ず腐ってまいります。枝葉が栄えるはずがない。おやどうもこれはこの木は少し元気がないぞ、どういうわけじゃろうか、というて水ばかりかけたっちゃ、肥料ばっかりやったちゃだめなんだ。ね、
 もう根が肥料も水も吸収する勢いをなくしておるんです。そこにですね、たとえば根を大事にするということ、は、根が生き生きとしてくるんですよ。ね、ですから水を与えれば水、肥料を与えればその肥料をグングン吸い上げて上の方へ、ね、葉がしこるなら葉が茂っていこう、花が咲くものならば花が咲こう、実が実るものなら必ずそれが実が実って行こう、というようにです、私は先祖はそういう意味においてのいわば
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